ケイタのしゃべり場

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ケイタのしゃべり場

言いたいことを書き連ねるブログ。

大事なものを犠牲にしてまでヒトは何を求めるのか?

真実を犠牲にしてまで手に入れたかったものとは?

この世の中を生きるにあたって、人間にはいろんな制約があります。その制約の中で生きるためには、何かを犠牲にしなければいけない時が訪れるようです。

診断メーカーのひとつ #犠牲にして手に入れたモノ で出た診断結果ですが、ぼくは”真実”を犠牲にしてまで”風情”を手に入れたようです。

”真実”を失って嘘偽りの人生の中で”風情”を手にする。そこに何の意味があるのか?

診断メーカーの結果を機に、考えてみました。

自分にとって”譲れないモノ”が分からないと目先の欲しいモノに気持ちが傾く

”性欲”は人間にとって当たり前の欲望です。人類は子孫を残すことで繁栄を繰り返してきた動物。”食欲””睡眠欲””性欲”は生きる上でのベースとなる欲求です。その中でも”食欲””睡眠欲”は自分自身が生きていく上で大事なモノ。このふたつの欲求がなくなった時、自分自身の生命は終わりを迎えます。

”性欲”は人類が後世に残るために必要な欲求。人類という大きな枠組みを捉えた時に、”性欲”は自分自身だけのモノではなく、人類という種族にとって欠かせないモノです。

その”性欲”を犠牲にしてまで”恋人”を手に入れるということは、人類の繁栄を諦めるということ。イコール、人類の終焉を意味します。目先の幸せや癒しに囚われて、本来僕らが行う後世への繁栄活動を止めてしまっているのです。

人類は”弱い”生物 だからこそ周りと結託して繁栄してきた

元来、人類は”弱い”生き物でした。そのため、自分だけでは生存ができず、周りと結託して生きてきました。もし、ひとりで生きていこうとしたら、当の昔に滅んでいたでしょう。狩猟ひとつ、まともにひとりではできない種族ですから。

周りの誰かと結託する。これが人類という種族の生存する残された道だったわけですが、もちろん結託する都なれば、人と人とのつながりは大事です。でも、誰だっていいわけではありません。自分の命を預けるわっけですから。

その時に必要なのは、”人望”でした。人は、”人望”の厚い人間に惹かれ、命を預けて戦ってきたわけです。

その”人望”を失うということは、人類という種族から離れるということ。失ったモノの代償は大きい。

理想の生き方と幸せは必ずしもリンクしない

日本の心と言われている”侘び寂び”。”風情”を手に入れるために”幸福”を犠牲にしてしまう。社会で生きていく上では「あの人は「侘び寂びの理解できる人だ」と言われるかもしれません。でも、当の本人はどうでしょうか?

”風情”を手に入ることで、生きにくい社会になってしまった。自分の”幸せ”を感じることができなくなってしまった。これではロボットと同じです。

これからの時代、AIも進化し続けます。ロボット・コンピューターでも”侘び寂び”を体現できるようになります。

そんな時代の中で、僕たちが求めるものは何か。それは、自分の、そして自分の大切にしている人の”幸福”です。より一層”幸福”になるための人生を模索するようになります。

自分に正直に、”幸福”になることを求めることこそ、これから先の未来の生き方です。

だから自分にとっての”真実”を犠牲にしてはいけない

これから先の未来、間違いなくテクノロジーの進化で、今ある仕事は無くなっていきます。

その中で、自分にとって必要なものは何か?自分の生き方は?自分にとっての”真実”は?

考えさせられる瞬間が数多くきます。

その時、自分の”真実”を犠牲にしないでほしいのです。「自分は何がしたいのか?」を考えてください。その先に僕たちが生きていく”活路”が必ず存在します。

”犠牲”という言葉は未来には似合わない。自分の気持ちに正直に、やりたいことに全力で取り組める未来を切り開きましょう。

大丈夫です。すでに、先人たちが「やりたいことをして生きる」という未来wp切り開いてくれています。

「ブログで生きていくなんて無理だ」

「YouTuber?そんなの無謀だろ?」

たくさん聞いてきた声です。でも、実際に成功している人たちはいます。

自分のやりたいことに正直に。

一番犠牲にしてはいけないものは”自分”です。