ケイタのしゃべり場

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『憎しみが憎しみを呼ぶ』 検証してみた ~桃太郎編 第四夜~

お待たせしました。第四夜です。

 

前回までの内容はこちら

『憎しみが憎しみを呼ぶ』 検証してみた ~桃太郎編 第一夜~

『憎しみが憎しみを呼ぶ』 検証してみた ~桃太郎編 第二夜~

『憎しみが憎しみを呼ぶ』 検証してみた ~桃太郎編 第三夜~

 

優しい言葉の代わりにボクに投げかけられたのは躾という名の激しい暴力の洗礼だった。

森の中で危険な獣と戦わされた。

食べ物はおろか水さえ与えられず谷底へ突き落とされた。

なんとかそれを乗り越えても褒め言葉などない。

待っていたのは父さんの罵り声だけ。

そう、ボクは強くなることだけを求められてきたのだ。

ボクは確かに鬼の子だけれど純粋な鬼の血を引いてはいない。

鬼の長である父さんと人間の母さんとの間に生まれた半鬼だったのだ。

母さんはボクを生んですぐに死んだ。

鬼の子を産み落とすのは人間の身体の限界を超えることだったのだろう。

・・・・・・母さんはとても優しく美しい人だったらしい。

父さんにとってボクは大切な女性の命を奪った憎むべき仇だったのかもしれない。

鬼の父親と人間の母親の間に生まれたボク。

生まれると同時に母の命を奪ったボク。

そんなボクは誰からも愛されない存在なのだ。

でも、でも、でも――それはボクの、せいでは、ないのに・・・・・・!

ボクは思い出していた。

すべてを思い出していた。

あの日、桃太郎が父さんを殺したときボクの中に生まれたどす黒い感情の正体を!

そうだ、あれは確かに

“大切な人を奪われた恨み”

なんかじゃない!

そう、“獲物を奪われた怒り”だったんだ!

・・・・・・ボクは父さんを殺したかった。

ボクを愛してくれずひどいことをする父さんを!

いつか、もっと強くなって父さんをこの手でぶち殺す!

それがボクの生きる支えだったのに!

なのに、なのに、あの桃太郎がその支えを奪っていった!

ボクの生きる目的を生きていく意味のすべてを・・・・・・奪いやがったんだ!

「!!!!」

――目が覚めた・・・・・・。

ゆっくりと目を開く。

夜の闇の中でボクのふたつの目の玉だけが爛々と燃えていたはずだ

胸の奥のどす黒い感情のうねりはいまや漆黒の塊になっていた。

「殺してやる・・・・・・・・・・・・桃太郎」

ボクが殺すはずだった父さんを殺した桃太郎を今度はボクが殺してやる!

それがボクの新たな

“生きる支え”だ!

“生きる目的”だ!

・・・・・・コ・ロ・シ・テ・ヤ・ル

・・・・・・モ・モ・タ・ロ・ウ・・・・・・

翌朝――

漆黒の塊を胸に抱いたままボクは桃太郎の住む村を訪れた。

漆黒の塊・・・・・・・それは即ち明確な殺意だ。完全なる敵意だ。

怪しまれないように人間に姿を変えたボクは、桃太郎のもとへと急ぐ。

アイツを殺すために・・・・・・!

・・・・・・綺麗な水が流れる小川に沿って歩いていくと、中年の男と出くわした。

ちょうどいい

この男に桃太郎の居所を訊いてみよう。

見慣れぬ風体のボクを訝しみながらも男は問いかけに応じてくれた

「桃太郎に会いたいだなんて、アンタ、何者だい?」

「その・・・・・・昔、世話になった者です」

「桃太郎に世話になった? へぇ、そんなこともあるのかねぇ・・・・・・」

「どういうことですか?」

男は眉をひそめると周りを確かめるようにしながら続けた。

「アイツ、昔は乱暴で村の鼻つまみ者だったんだ。

ほら、例の鬼退治。

世間じゃ手柄話になってるみたいだがあの頃なんて特に手が付けられなかったよ」

「桃太郎が、鼻つまみ者?」

「ま、近頃は様子が変わったみたいだが

・・・・・・・なにか心境の変化でもあったのかねぇ」

「・・・・・・」

予想外の反応に戸惑ったがとりあえず桃太郎の居所は教えてもらえた。

のみこみきれないなにかがボクの心を重たくする。

・・・・・・見えていないモノがある。

・・・・・・わかっていないコトがある。

正体のわからない違和感がボクにはとにかく不愉快だった。

桃太郎の家に着いた。

でっかいお屋敷だ。

島の財宝で建てたものだろうか?

門の前に立ったボクは目を閉じて深呼吸をする。

合えるのだ、ようやく。

ボクの生きる目的を奪っていったあの桃太郎に!

屋敷の中に入りそうっと廊下を進んでいく。

・・・・・・と、あるものが目にとまった。

古い金棒

――間違いない、父さんのものだ。

戦利品というわけか。

自らの功を強調するように金棒は磨かれてピカピカだ。

廊下の奥に置かれた挿絵がふと目に入った。

「!?」

猿が差しだしたあの鉢巻と同じ

――大きな桃と小さな桃・・・・・・?

・・・・・・その挿絵を見ていると胸の奥が痛くなる。

熱い湯でも喉に流し込んだかのように。

傍らの部屋の中から物音が聞こえた。

誰かがいる?

ひとりではなさそうだ。

ということは・・・・・・桃太郎とその家族の誰かだろうか?

面白い。

ボクの中に邪悪な考えが生まれた。

あの日のように家族の目の前で桃太郎を殺してやればいい!

それこそ因果応報だ!

金棒を握りしめながらボクは障子の隙間から部屋の中を覗き込んだ・・・・・・。

バキッ!

ボカッ!

ドゴッ!

「!!!!」

初めて見る光景のはずなのにボクにははっきり見覚えがあった。

屈強な男が男の子に手をあげている。

抵抗すらできない幼い身体と心を殴り、蹴り、投げ飛ばし罵声を浴びせている。

「こら、早く立ていッ!」

「お前みたいな奴は生きていけんぞ!」

――まるで、まるで、父さんとボクじゃないか!!

しかし、ここに父さんはいない。

幼い頃のボクもいない。

・・・・・・考えられる事は、ただひとつだけ。

桃太郎が、自分の息子を・・・・・・・・・・・・。

ボクは目の前が真っ赤になるような感覚にとらわれていた。

怒りの赤だ。ボクの中で燃え上がる怒りの炎の色だ!

どいつもこいつも、ふざけるな!

目の前の桃太郎が父さんと虐げられるその息子がボク自身と完全に重なって見える。

桃太郎への殺意が

さらに

さらに

さらに

大きく、激しくなっていく。

殺す

桃太郎を殺す

絶対に殺してやる!

・・・・・・そうだ、子供を救うためにも今、アイツを殺さなければ!

ボクは渾身の力を込めて障子を開けた。

桃太郎の動きがぴたりと止まる。

息子を掴んでいた手を離しボクの顔を見すえる桃太郎。

不審と警戒に満ちていた奴の瞳がなぜだかふっと和んだように見えた。

それまでと打って変わった穏やかな口調で、息子に語りかける。

「自分の部屋に行っていなさい」

言われた息子が一礼し、立ちあがった。

・・・・・・いいだろう、事情は変わった。

可愛そうなあの子にわざわざ残酷な光景を見せつける必要はない。

部屋から出ていく息子と目があった。

・・・・・・ん?

なんだろう、今の目は?

ボクが父さんに向けていたような怒りや憎しみの色ではない。

なんていうか・・・・・・

物言わぬ冷たさを堪えたような・・・・・・

輝きのない瞳だった。

「ようこそ、我が家へ」

桃太郎の意外な言葉が聞こえてボクは我に返った。

「なんだと?

ボクが誰だかわかっているのか?」

「もちろんだとも。・・・・・・鬼の子よ」

桃太郎の返答がボクを逆上させた。

声にならない声をあげながら桃太郎に斬りかかるボク。

だが桃太郎は信じられない素早さでそれをかわすとボクの腕を掴んで逆にねじりあげた。

動けない!?馬鹿な!

修行を重ねた鬼であるこのボクが全く動けないほどの力!?

そんなことがありえるだろうか?

いくら強いといっても桃太郎は人間のはず――

・・・・・・!!!!

まさか、いや、そんな、でも、ひょっとして・・・・・・!

頭の中で散らばっていた様々な思いがひとつの形にまとまろうとしていた。

「会いたかったよ、きみに」

耳元で聞こえた桃太郎の声は信じられないほど穏やかだった。

「聞いてほしい。

“桃太郎の鬼退治”

の真実を」

続く